【文春】松田聖子と神田沙也加の確執原因?18年不仲の異常な母娘関係

12月4日、舞台俳優の村田充さんとの離婚を発表した神田沙也加さん。

不倫騒動も浮上し話題になりましたが、母の松田聖子さんからのコメントは発表されていません。

その理由は、長年の「母子断絶」にあると、12月12日発売の週刊文春が報じています。

その内容をわかりやすくまとめています。

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【文春】松田聖子と神田沙也加の確執の原因は『男関係』

聖子さんと沙也加さんの不仲の背景には、いつも男性関係がついてまわっています。

2002年 神田沙也加15歳でギタリストと不倫

母子間の最初の断絶の原因は、2002年に15歳で歌手デビューを果たした神田沙也加さんの「不倫」でした。

  • 沙也加さんの交際相手はひと回り年上のギタリスト。
  • 家庭がある身で、不倫から始まった恋だった。
  • 彼の離婚が成立すると、沙也加は結婚すると言い出し、実際に婚姻届を準備。
  • 聖子さんをはじめ周囲は猛反対。
  • 自宅で窓ガラスが割れるほどの大喧嘩となり、警察が出動する騒ぎとなった。

たしかに、母親としては15歳の娘の不倫は許せないものがあったのでしょう。

そのトラブルがもとで、高校卒業を機に、聖子さんは沙也加さんを勘当。個人事務所「ファンティック」との契約も解除。

飲食店でバイトを始めた沙也加さんは、こう語っていたそうです。

「彼女にしてみれば『ママは好き勝手やってるのになんで私だけ?』という気持ちが強かったのでしょう。後年になってからもよく『ママみたいになりたくない!』と愚痴っていました」(親子の知人)

結局、沙也加さんはギタリストと破局。

一時は芸能界引退も考えましたが、芸能界の母と慕う大地真央の後押しで2006年に舞台復帰しています。

2017年 神田沙也加31歳で村田充と結婚

画像引用元:https://marry-xoxo.com/articles/7513

そんな背景もあり、2017年4月に村田さんと結婚した際も、沙也加さんは聖子さんに一切、報告ナシ。

  • 祖母の一子さん(聖子さんの母)には真っ先に伝えたが、祝福どころか猛反対に遭った。
  • ショックで沙也加さんは『もうこんな家族、イヤだ!』と嘆いていた。
  • 聖子さんもさすがに沙也加さんに電話したものの、一切繋がらず『娘と連絡が取れない』とボヤいた。
  • 沙也加さんは結婚式にも聖子さんを呼ばず、当てつけのように没交渉だった父・神田正輝さんを招待。

その後も、聖子の“天敵”だった和田アキ子さんと会った際には、旦那と神田正輝を交えたフォーショットを公開。

画像引用元:インスタグラムより

沙也加さんは、聖子さんを「挑発」し続けたといいます。

背景には松田聖子の派手な男関係も

神田沙也加さんが「ママのようになりたくない」と言う背景には、恋多きアイドル松田聖子さんの「歴史」もあったようです。

  • 1985年1月に、当時交際していた郷ひろみさんとの破局会見を開いて涙を見せた。
  • しかし、そのわずか5か月後に沙也加さんの父、神田正輝と結婚。
  • 1986年に沙也加さんを産んで間もなく夫婦生活は破綻。
  • 語学教師のジェフ君やバックダンサーら複数の外国人男性との不倫疑惑も。
  • 1997年には神田正輝さんと離婚。
  • 翌年、主治医の歯科医と“ビビビ再婚”
  • その後も原田真二さんとのダブル不倫疑惑が。
  • 2012年に別の歯科医男性と再々婚。

なんとも華麗なる男性遍歴。しかし親子の知人によると「似たもの母娘」のようです。

「傍から見れば沙也加さんがやっていることも聖子さんと同じで、周囲の迷惑を顧みない性格もそっくりなんです」(前出・親子の知人)

【文春】松田聖子と神田沙也加が紅白共演も『ママはウソ泣き』

画像引用元:http://daikaibou.com/archives/2896

とはいえ、一時期は「修復」したとも報じられていた母子関係。

2011年4月には、親子でバラエティ番組に出演

2011年12月にはNHK紅白歌合戦で母娘共演も果たしています。

ふたりは、お揃いの純白のドレスで、坂本九の代表曲「上を向いて歩こう」をデュエット。

歌い終えた後に聖子さんは涙を流しましたが、この時も実は親子の関係は良好ではなかったようです。

「お互いに気を使い、腫れ物を扱うようなギクシャクした関係が続いていました。紅白で聖子さんが泣いたのを見て多くのスタッフが呆れ返っていましたが、沙也加も『ママはウソ泣きしていた』と話していた」(事務所関係者)

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【文春】松田聖子と神田沙也加の不仲の理由は『事務所問題』

画像引用元:https://entertainment-topics.jp/14151

そして、母子の骨肉トラブルの「決定打」になったのは、事務所問題でした。

2014年 松田聖子さんが家族事務所から独立

もとはといえば、聖子さんの身勝手ともいえる行動。

  • 聖子さんは、サンミュージックから独立後に立ち上げた個人事務所「ファンティック」で活動していた。
  • お兄さんが社長に就任し、三十年近くに渡って家族で切り盛りしてきた。
  • しかし、2014年に聖子さんが『ファンティック』を飛び出して別会社『melody fair』を設立。
  • 一方的に家族を切り捨て、元マネジャーのK氏と行動を共にする不可解な行動に。

この聖子さんの行動で、聖子さんの母・一子さんや兄との関係も悪化しています。

2017年 聖子さんが沙也加さんに「攻撃」

その後、聖子さんが抜けた事務所『ファンティック』で芸能活動を続けていた沙也加さんに聖子さんからクレームが入ります。

  • 沙也加さん側に聖子さんから『ファンティックの名前を使わないで!』と請求。
  • やむなく沙也加さん側が新会社『ローブ』を設立、聖子さんの兄が社長に。
  • さらに、それまで使っていた成城のオフィスを明け渡すよう要求。
  • 『ローブ』は駅を挟んだ反対側への転居を余儀なくされた

これは、他でもなく、神田沙也加さんが村田充さんと結婚式を挙げた2017年5月のこと。

明かに結婚に反対する聖子さんの「横やり」だったといわれています。

さらに、あれほど聖子さんの行動に怒っていた聖子さんの母・一子さんが聖子さん側に「寝返り」。

いまや、蒲池家(聖子さんの本名)は、聖子さんと一子さん、沙也加さんと聖子さんの兄の、真っ二つに断絶した状態だといいます。

【文春】松田聖子と神田沙也加の確執の理由は『財産相続』

引用元:https://endia.net/matsudaseiko-dannna

これほど、聖子さんが沙也加さんの言動に厳しかったのには、他にも「理由」がありました。それは、莫大な財産相続の問題です。

  • かつての聖子さんは身内しか信用せず、スタッフには久留米から呼び寄せた親戚や地元の関係者を置いていたほど。
  • 築きあげた財産で次々と不動産を買い、それらを母や兄の名義に振り分けて財産を守り抜いてきた。
  • 現在、成城の大豪邸をはじめ、兄夫婦が暮らす邸宅、関連会社が拠点を置く不動産の総額は約10億円。

そして、その財産を引き継ぐのが、一人娘の神田沙也加さんというわけです。

つまり、神田沙也加さんの結婚相手が、自分が人生をかけて築き上げた財産を分け与える資格があるかどうかを厳しく見ていたということ。

記事では、聖子さんとの関係も深い音楽プロデューサーの酒井政利氏が、沙也加さんの離婚騒動について語っている言葉が印象的でした。

「沙也加さんは母親に反発を覚えながらも聖子さんの足跡をたどってしまう。今回の件に誰よりもショックを受け、悩んでいるのは聖子さんじゃないでしょうか」

どんなにぶつかっても、母娘。骨肉の争いの裏には、娘・沙也加さんに自分と同じ道を歩んでほしくない…という想いがあったのかもしれません。

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まとめ 【文春】松田聖子と神田沙也加の確執?18年間不仲の異常な母娘関係

12月12日発売の週刊文春が、長年にわたる松田聖子さんと神田沙也加さんの「骨肉のトラブル」を報じています。

そこには、男性関係や事務所の問題など、さまざまな原因があるようです。

しかし、根底には「お互いが似た者同士で、自分を見ているようで反発してしまう」という母と娘の思いがあるのではないでしょうか?

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