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【画像】庵野秀明は若い頃ハンサム!大阪芸大時代やメガネ無し写真も

アニメファンなら誰もが知っている巨匠、庵野秀明さん。

大学時代からスゴイ実力の持ち主と評判でした。その経歴をたどっています。

しかも、若い頃がイケメンなのです!

トレードマークのメガネ無しの写真もありましたよ。

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【画像】庵野秀明監督の昔!宇部高校から大阪芸術大学へ

画像引用元:ryo-ishikawa.fun

庵野秀明さんは、1960年5月22日山口県宇部市生まれ。

山口県立宇部高等学校では、美術部で部長を務めるほどの画力を有していました。

アマチュア映像制作グループ「グループSHADO」にも所属。

自主制作の映像作品『ナカムライダー』が、文化祭で上映されています。

高校卒業後は、大学に進学することなく浪人。

しかし、両親に懇願されて、しかたなく学科試験がなく実技のみで入学できる大阪芸術大学に進学しました。

映像計画学科に所属していた頃の写真がこちらです。

画像引用元:https://soorce.hatenablog.com/entry/20070311/p1

右側はマンガ家・島本和彦さん。庵野さんとは大阪芸術大学の同期でした。

島本さんは、大学時代に庵野さんのグループが発表した「ウルトラマンDX(デラックス)」に衝撃を受けて、アニメの道をあきらめ、マンガの道に進んだと語っていました。

庵野秀明監督の若い頃!大阪芸術大学時代からすでに天才!

その後も、庵野監督の作品は大学内で話題を呼びます。

2回生のときの【ファーストピクチャーズショー】(芸大校内の課題発表会)で発表した自主制作アニメ『じょうぶなタイヤ』のクオリティの高さに多くの人が驚きを隠せませんでした。

 

21歳のときには、大阪で開催された第20回日本SF大会(通称:DAICON Ⅲ)のオープニングアニメの制作に参加。

その翌年には「DAICONⅣ」のオープニングアニメも制作。

しかし、「DAICON Ⅲ&Ⅳ」などの自主制作活動に力を入れていた庵野さんは、しだいに大学に通わなくなり、3回生の時に除籍処分を受けます。

その後、東京に上京し、就職活動をするうちに、1984年に公開の宮崎駿監督の劇場版作品『風の谷のナウシカ』のアニメスタッフに加わることに。

庵野監督が手掛けた『ナウシカ』の原画のひとつがこちら。

画像引用元:https://80sanime.hatenablog.com/

巨神兵がドロドロと溶けていく有名なシーン。

以降、この経験から庵野監督は数々の名作を世の中に送り出していくのです。

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【画像】庵野秀明監督の若い頃がイケメン!メガネ無し写真も

庵野秀明監督の若い頃が、とてもイケメンだったと話題です。

23歳ごろは、わりと今のイメージに近いですが。

24歳ごろは、ちょっとイメージが違いますね。

また 、いまでは珍しいメガネ無しの写真もありました。イケメンですね!

さらにこんな渋い写真も!

若い頃からイケメンの庵野監督ですが、おしゃれには無頓着だったと妻の安野モヨコさんが語っていました。

なんかさ、カントクのTシャツも首がビロビロに伸びてるのがすごいいっぱいあって。

そう、クレープ(笑)! で私が捨てようとしたら「やっといい感じなったのにぃ~、ここまで頑張ったのにぃ~」って。

「自分の臭いがついてるのにぃ~!」って動物のようなことを言うんですよ!

引用元:http://feelyoung.jp/special/0502anno.php

アニメ以外のことには興味がなかったというのも、天才肌を感じますね!

安野モヨコさんとは仲良し夫婦!庵野秀明と安野モヨコの馴れ初めは?萩尾望都が愛のキューピッド?庵野秀明と安野モヨコに子供いない理由?鬱病や不妊が原因だった?

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庵野秀明 プロフィール

画像引用元:buzzcreateofficial.com

本名 庵野 秀明(あんの ひであき)

生年月日 1960年5月22日(60歳)

出生地 山口県宇部市

血液型 A

職業 映画監督 プロデューサー アニメーター

監督代表作に『トップをねらえ!』『ふしぎの海のナディア』『新世紀エヴァンゲリオン』など。

近年では『シン・ゴジラ』などの実写映画の総監督も。

2021年初夏公開予定の『シン・ウルトラマン』では企画・脚本として参加している。

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