高島忠夫の誘拐事件の犯人は誰?犯行動機がヤバい!17歳女の嫉妬とは?

6月28日、訃報が飛び込んできました。

昭和の名優として活躍した高島忠夫さんが88歳で亡くなられました。

高島さんは近年、うつ病やパーキンソン病、不整脈や糖尿病などの病気を患い、家族に支えられながら闘病生活を送っていたといいます。

その高島さんご一家に悲劇が起こっていたことをご存知でしたでしょうか?

そこで、今回は高島忠夫さんご一家を襲った誘拐事件とは?そして、その犯人や信じられない動機についてまとめてみました。

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高島忠夫の誘拐事件とは?誘拐に見せかけた殺害だった!

事件は、1964年8月24日未明に起こります。高島忠夫さんと寿美花代さんは1963年にご結婚されていますから、子どもが生まれたばかり。まだ新婚時代の話ですね。

午前2時40分ごろ、高島家に住み込みで働いていた家政婦Aが「長男の道夫くんの姿が見当たらない」と言い出したのです。高島忠夫さんと妻の寿美花代さんは、家政婦Aと一緒に家中を探し回りましたが、長男・道夫くんの姿が見当たりません。

しかし、道夫くんはすぐに発見されます。

風呂場できちんと蓋の閉まった風呂桶の中に沈められていたのです。高島夫妻は警察や消防にすぐ通報し、道夫くんは自宅近くの小倉医院へ搬送されましたが、既に心肺停止状態で、人工呼吸などが試みられましたが、助かることはありませんでした。

通報を受けた警視庁捜査1課と所管の玉川警察署は、殺人事件として捜査を開始しました。

長男の姿が突然いなくなった上に、異常に気づいた家政婦A子が「変な物音がした」、「工員風の男を見た」と言っていたため、最初は「誘拐事件」だと思ったようです。

高島忠夫の誘拐事件の犯人の名前や顔画像は?

警察の捜査が進むうちに、家政婦Aの証言には不審な点が多くみられました。

  • 家政婦A以外に不審者を見た者はいない。
  • 家政婦A以外に長男の泣き声を聞いた者はいない。
  • 高島家では犬を飼っており、この犬は普段から不審者が近づくと激しく吠えるが、当日夜に犬は吠えていない。
  • 普段、全員が風呂に入り終わった後に家政婦Aが風呂桶の残り湯は抜くことになっていたが、この日に限り家政婦Aは風呂桶の湯を捨てていない。
  • 犯人が物取り目的で押し入ったのならば、生後わずか5カ月の赤ん坊に姿を見られたとしても、その歳の赤ん坊なら証人になるわけもなく殺すというのは不自然。
  • 長男を風呂桶に入れて、きちんと風呂の蓋を閉めて立ち去るというのも不自然

これらについて家政婦Aを問いただしてみると、自分の犯行であることを認めたそうです。つまり、高島忠夫さんの長男を誘拐とみせかけて殺害した犯人は、高島家で住み込みで働いていた家政婦Aでした。

それでは、家政婦Aとはどんな人物だったのでしょう?

  • 昭和22年新潟県佐渡島に半農半商の両親、姉3人家族の末っ子として生まれた。
  • 「勝ち気」「世話好き」「ハッキリものを言う」性格。
  • 知人のツテで、昭和38年7月に高島家のお手伝いとして住み込みで働くことになる。

家政婦Aは名前の名前と顔画像を調べてみました。

しかし、家政婦Aは当時、17歳で未成年だったため、残念ながら名前や顔は公表されていないようです。

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高島忠夫の長男殺害事件の犯行動機は17歳家政婦の嫉妬?

それでは、なぜ、家政婦Aは高島さんの長男を誘拐と見せかけて、残虐な手口で殺害したのでしょう?その動機がすごいのです。

家政婦Aが高島家で働き始めた当時、お手伝いさんは彼女1人だけでした。Aにとって、有名スターの家での生活は夢のようでした。

姉には「夫妻にとってもかわいがられている」「毎日の生活が夢のようで楽しくて仕方ない」と熱く語っていて、友達にも自慢の手紙を書いていたそうです。

さらに、昭和39年6月に家政婦Aは、芸術座での公演に出演する忠夫さんの“付き人”にランクアップアップしたのです。

高島さんから、高級レストランのバイキング料理をごちそうしてもらったり、海外ブランドの時計やセーターも贈られています。一方で妻の寿美さんにはあまり懐いておらず、忠夫さんに淡い恋心さえ抱いていたのかもしれないといわれています。

しかし、そんなある日、高島家には待望の長男が生まれ、事態は急変します。

長男・道夫くんの専任の看護婦としてB子が働き始めたのです。高島夫妻は道夫くんを溺愛するゆえに、看護師B子にも大きな信頼を寄せるようになりました。

それが、17歳のAにはおもしろくなかった…。「夫妻はB子ばかりが可愛がって、自分はのけ者だ」とB子に反感と嫉妬心を募らせるように。

当時、高島夫妻は北南米に40日間の旅行を計画していたのですが、Aは付き人でもある自分も当然同行できるはずだと思っていました。しかし、実際には置いてきぼり。さらに、B子には夫妻が「お土産を買ってくるから」と話しているのを聞いてしまったのです。まさに家政婦は見たの世界です。

「道夫ちゃんさえいなければ佳子は用なしになり、再び自分が寵愛される」

完全な逆恨みともいえますが、世間知らずでしかもまだ17歳の少女だったAは、そう思うように。そして、その嫉妬や恨みがついに爆発して反抗に及んでしまったのです。

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高島忠夫の長男を殺害した犯人の家政婦の現在は?

そして、長男殺害事件の犯人である家政婦Aは、現在いったいなにをしているのでしょうか?

恐ろしい後日談が見つかりました。家政婦Aが高嶋政伸さんの目の前に現れたというのです。

政伸が成人した20余年後のある日、再び高島家に戦慄が走る出来事が起こった。道夫ちゃんを殺害した女性が政伸の前に現れたのだという。

高島家を知る人物は語る。“犯人は、私、私”ってあっけらかんと話しかけてきたようです。政伸さんは“普通のおばさんだった”といっていました。その女性が本当に犯人だったのか、ただの嫌がらせだったのか、いまになっては確かめようもありませんが、驚いたでしょうね」

引用元:https://www.news-postseven.com/archives/20110808_27679.html

これが本当のAだったのか、ただのいたずらなのかは不明ですが、どちらにしても神経を疑うような言動です。

寿美さんのもとには、「犯人は早々に出所した」「子供も産んで何事もなかったように暮らしてる」「事件について話している」などという話がたびたび入っているそう。

あの事件の影響で、高島さんご夫妻は、スピリチャルな方向にも傾倒し、たびたび道夫くんの魂と会話をしていたとも言われています。

身勝手な嫉妬心から、卑劣な犯行に及んだ家政婦A。生きていれば、70代過ぎということになります。どこでどんな生活を送っているのでしょうか?反省はしているのでしょうか?

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まとめ 高島忠夫の誘拐事件の犯人は誰?犯行動機がヤバい!17歳女の嫉妬とは?

昭和の名優・高島忠夫さんが亡くなられました。

最後は、ご家族に支えられながら闘病する毎日だったということです。

その高島さん一家に1964年に起こった悲しい事件についてお伝えしました。高島忠夫さんが天国で長男・道夫くんと再会していることを願いします。

高島忠夫さんのご冥福をお祈り申し上げます。高嶋ちさ子と高島兄弟テレビ共演NGの理由は?父親同士の大ゲンカ?

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2 COMMENTS

yumicappa

ほんとですね!計算間違いでした汗。ご指摘ありがとうございます。修正させていただきました!

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